H181129 東京地裁平成18年11月29日判決
H181129 東京地裁平成18年11月29日判決
<平成16年(ワ)第11928号>
(出典:ウエストロー・ジャパン)
<事案の概要>
Y(旅行会社)が主催する南部アフリカツアー(南アフリカ共和国、ジンバブエ共和国、ボツワナ共和国への旅行)に参加してマラリアに罹患して死亡したA(旅行者)の相続人Xが、Yが事前の情報提供義務及びツアー後の注意喚起義務を怠ったと主張して、Aの死亡による損害の賠償を求めた事案である。
なお、Yが作成したパンフレットには、「本コースは予防接種は不要です」との記載があった。また、Aの申込み後にYが送付したガイドブックには、「ツアーで訪れる地域では、マラリアの心配はありません。」との記載があった。
<裁判所の判断>
裁判所は、まず、Yの情報提供義務違反の有無につき、
「旅行は、その計画・立案の段階から終了までの間には相当の時間的経過があり、また、旅行者の場所的移動を伴うため、旅行者が自然災害、病気、犯罪若しくは交通事故等に遭遇する危険を包含しており、特に海外旅行の場合には、当該外国の風俗・習慣、生活水準又は社会・経済体制等が日本のそれらと相違し、また、危険若しくは安全性についての考えや水準も異なるため、旅行に伴う危険は国内旅行の場合に比し一層高度なものとなること、
主催旅行契約においては、旅行の目的地及び日程、旅行サービスの内容等の主催旅行契約の内容(以下「契約内容」という。)は旅行業者が一方的に定めて旅行者に対し提供し、旅行代金も旅行業者がその報酬を含めて一方的に定めるものであり、旅行者は、契約内容や旅行代金について指示し若しくは修正を求める余地がなく、提供された契約内容・旅行代金の額を受け入れるか否かの自由しかないのが通常であること、
旅行業者は、旅行についての専門業者であり、旅行一般についてはもとより、当該主催旅行の目的地の自然的、社会的諸条件に関する専門的知識・経験に基づいて主催旅行を企画、実施するものであり、旅行者は、その主催旅行の安全性を信頼し、主催旅行契約を締結するものであるといえること
等を考えると、旅行業者は、主催旅行契約の相手方である旅行者に対し、主催旅行契約上の付随義務として、旅行者の安全を図るため、旅行目的地、旅行日程、旅行サービス提供機関の選択等について、あらかじめ十分に調査・検討し、仮にその主催する旅行に関して、社会通念上、旅行一般に際して生じ得る可能性がある各種の危険とは異なる程度の高度の発生可能性を有する格別の現実的危険が存在する場合には、当該危険に関する情報を旅行者に対して告知すべき信義則上の義務があるものというべきである。」
とした。
そして、本件において、「Yには上記信義則上の義務が生じており、Yは、本件ツアーに際して上記のような格別の現実的な危険が存在するのであれば、これを告知すべき義務を負うというべきである。」
とし、
「本件においては、本件ツアーに際してのマラリア罹患の危険性が上記のような告知を要する格別の現実的危険に当たるか否かが問題となるところ、その判断のためには、マラリア罹患の危険性の性質及び程度を検討する必要があるし、また、Yにおける告知義務違反を認定するためには、本件ツアーで訪問した場所におけるマラリア罹患の危険性について、具体的にYが予見し得るか否か(予見可能性)を検討する必要がある。」
「そして、これらの判断に当たっては、本件ツアーで訪問した場所におけるマラリア罹患者の人数のみならず、過去の同種ツアーにおけるマラリア罹患者の有無、個々の箇所を訪れた時間帯、防蚊対策等を総合的に考慮すべきである。」
として、詳細な判断を行った。
その上で、
「本件ツアーで滞在、訪問した地点におけるマラリア罹患の危険性については、いずれもその可能性が極めて乏しいあるいは低いものであり、旅行一般において生じ得る各種の危険と比べて、ことさらその危険性が高いものと認めることはできないから、告知を要すべき格別の現実的な危険には当たるとは認めがたく、Yにおいて、マラリア罹患の具体的危険性に関する予見可能性もなかったものというべきであるから、Yは、Aに対して、本件ツアーにおいてマラリアの危険性に関する情報を積極的に提供する義務を有しており、これに違反したものであるとまではいうことができないと判断するのが相当である。」
とした。
また、マラリアに予防接種は行われていないことなどから、パンフレットの記載に問題がないとしたほか、「本件ツアーにおけるマラリア罹患の可能性は極めて乏しいあるいは低いものであり、また現にY主催の南部アフリカツアーにおいてマラリアに罹患した者がいないとされている以上、マラリアの心配はない旨の記載をしたことが記載の誤りに当たるとまで認めることは相当でない。」とした。
裁判所は、次いで、注意喚起義務違反の有無につき、まず、
「旅行業者には社会通念上、旅行一般に際して生じ得る可能性がある各種の危険とは異なる程度の高度の発生可能性を有する格別の現実的危険が存在する場合には、当該危険に関する情報を旅行者に対して告知すべき信義則上の付随義務があるというべきである。しかし、自らの健康を管理するのは本来的には旅行者自身であるし、旅行業者は医療機関ではなく、旅行終了後には、旅行者は自ら医療機関を受診することが可能であり、また受診することが通常であって、旅行業者において各旅行者の体調等について逐一状況を把握することは困難であることからすれば、旅行業者としては、原則として帰国後の体調管理に関する情報提供や注意喚起を行う義務を負うことはなく、例外的に、罹患の危険性の高い疾病等があった事実を認識した場合や、旅行者自身の申し出、問い合わせがあった場合に、適切な措置を講ずる義務を負うにとどまるものというべきである。」
とし、本件において、
「本件ツアーにおけるマラリア罹患の危険性は低く、YもAのマラリア罹患を予見することができなかったこと」、
「南アフリカ地方に渡航した者は、航空機内でキャビンアテンダント等から「質問票」が配付され、空港検疫カウンターから「あなたの健康のために」と題するカードを受領することが通常であり、Yは旅行者が「あなたの健康のために」と題するカードを受領するはずであると期待することは合理的であること」、
「YのB添乗員の第7日目、第8日目の添乗レポートに「イエローカード記入」との記載があることから、本件ツアーにおいても最終日に香港から成田空港に向かう航空機内で質問票が配付され、これへの記入が促されたものと認められること」、
「医療機関にとっては、南部アフリカからの帰国後の疾病として、マラリアの可能性が存在することは通常容易に分かり得ること」
「マラリアの診療については一般的な病院であれば可能であること」
「体調等に関してAらからのYに対する問い合わせがあったとは認めることができないこと」
「からすれば、Yが旅行者に対して、帰国後体調を崩した場合にはYに連絡を入れさせ、本件ツアーにおけるマラリア罹患の危険性を告知し、また、専門医を紹介するといった義務を負っていたとはいうことができない。」
とした。
以上の判断からすれば因果関係についての判断は不要なはずであるが、裁判所は「念のため」として因果関係の有無につき判断している。
まず、パンフレットの記載につき、マラリアにおいてはそもそも予防接種は存在しないこと、予防内服薬の使用も副作用との関係で医師の判断が必要とされていることなどに照らせば、仮に本件パンフレットの記載がなかったとしても、Aらが予防内服薬の摂取をしたとは考え難いとして、事実的因果関係の存在を認めることができないとした。
次に、ガイドブックの記載につき、
「同ガイドブックがAらに送付されたのはツアーの申込み後であり、Aらが本件ガイドブックの当該記載が存在しなかった場合には、ツアーに参加しなかったとまで認めることはできない。また、本件ツアーにおいてAらがより入念な防蚊対策を採り得た可能性についても、完全な防蚊対策は不可能である以上、ホテルでの相応の防蚊対策は採られており、本件ガイドブックにも虫除け対策に関する記載は存在していたといった各事情を勘案すれば、当該記載がなかった場合には防蚊対策によりマラリアに罹患することがなかったとまでは認めることができない。最後に、帰国後C医院を受診した際に、Yにおいてマラリア罹患の可能性について告げた可能性や、最初から専門病院に行った可能性について検討するに、本件ガイドブックの記載がなければ、Yにおいて、これらの行為に至った可能性を否定することはできないから、事実的因果関係を認める余地はある」。
「しかし、マラリアは、発症時から5日間以内に投薬すれば治癒されるところ、本件では発症時である平成16年2月25日の翌日である同月26日にAはC医院を受診し、南アフリカ帰りであり、高熱を出し下痢をしていることを告知している以上、医師がマラリア罹患の可能性を判断する上で主要な事情は現に伝達されているというべきであるから、このような場合、通常、適切に診療、転医されることを予期することが相当であり、本件ガイドブック作成時に、Yにおいて、医師の診療を受けたにもかかわらず、マラリアであるとの診断がされる時期が遅れ、死亡することまでを予見することはできないというべきである。」
として、
「本件ガイドブックの記載とAの死亡との間には相当因果関係が欠けるというべきである」
とした。
<コメント>
旅行業者は、「その主催する旅行に関して、社会通念上、旅行一般に際して生じ得る可能性がある各種の危険とは異なる程度の高度の発生可能性を有する格別の現実的危険が存在する場合」には、「当該危険に関する情報を旅行者に対して告知すべき信義則上の義務があるものというべきである。」というのが、この判決の判断枠組みであるが、「高度の発生可能性を有する格別の現実的危険」という要件が厳し過ぎるのではないだろうか。
「旅行業者は、旅行についての専門業者であり、旅行一般についてはもとより、当該主催旅行の目的地の自然的、社会的諸条件に関する専門的知識・経験に基づいて主催旅行を企画、実施するものであり、旅行者は、その主催旅行の安全性を信頼し、主催旅行契約を締結するものであるといえること」という情報の非対称性を踏まえると、情報提供義務ないし告知義務の要件はもっと緩やかであるべきだろう。
そして、例えば、本件ツアーにつき、「ツアーで訪れる地域では、マラリアの心配はありません。」というのは、言いすぎと思われる。感染者数や死亡率などを表示するかどうかはともかくとしても、少なくとも、感染の可能性は大きくはないとしても存在するという情報などを提供すべきであったと思われる。
もっとも、情報が適切に提供されたとしても感染を完全に防止できるわけではないことや早期の適切な治療が必要なことなどからすれば、情報提供義務違反と死亡等との因果関係は容易には認められないことがあろうが、情報提供義務の範囲を限定しすぎるのは、消費者に対する適切な情報提供を促進しないことになり、妥当とは思えない。


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